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迷路のまち

迷路のまちと妖怪

不思議な ふしぎな 迷路のまち

美しい自然と平和な小豆島も、約六八〇年前には、王権の存亡をかけ、新たな権威を模索する南北朝の動乱の戦いに引き込まれました。延元四年(一三三九年)備前児島の勇将、佐々木信胤は軍勢とともに、小豆島へ押し入り星ケ城に陣を構えました。しかし、その八年後には北朝方の四国の総大将、細川頼春の指示のもとに、細川師氏が大軍を率いて小豆島に攻め寄せ、南北両朝の軍勢が海上と陸上とで、総力をあげての血斗の地となったのです。今なお、土庄町本町に残る複雑な迷路は、当時の攻防戦に備えた路地の形成を成し、全国に現存する数少ない迷路のひとつです。

また「迷路のまち」には、天正十一年(一五八三年)秀吉の大坂城築城に際して加藤清正公が、また元和六年(一六二〇年)徳川幕府になって加藤忠広公が、それぞれ採石奉行として止宿した陣屋跡が今も現存しています。大銀杏が空を仰ぐ、小豆島霊場五十八番西光寺の朱色に輝く四恩の門前から、俳句「咳をしても一人」で知られる孤高の俳人「尾崎放哉」終焉の地「南郷庵(みなんごあん)」へと迷路は続きます。そのまま海岸沿いに歩くと、引き潮時に浮かぶロマンチックな白砂の道は「エンジェルロード」として、小豆島の人気スポットです。世界一狭い海峡「土渕海峡」から迷路に入ると、学問と書道の神さま「菅原道真公」を祀る土庄天神神社と小豆島霊場六十四番松風庵が、桜の名所にふさわしく優しく迎えてくれます。

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